古風土近江万葉人さすらい旅日記 |
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今日のところは、これ一枚です。
もう桜の花の咲く話題は、東北や長野の方へ移っていったようだ。近所では、田に水が張りかけられ、行っている間に、田植えが始まろうとしている。
一年のパターンが、私にしてはやっと始まる感じがする。
もう、近畿地方では、桜は季節過去の風景になっていきつつある。吉野の奥や比叡山の頂上などは、これからだろうが。
今日は、4月の15日から20日の間だっただろうか、学校が休みの折、ぶらっと出かけてみた時に撮影した「写真」を掲載させてもらうこととしよう。
川面に映る「桜の写真」である。実際には、写真は逆の写りようなのだが、見場をよくするために、ひっくり返して、「掲載」してみた。
手の届くところにありそうで、実際には、実態のない「姿」の桜である。映る事はあっても、虚像として見えているに過ぎない「姿」が、この写真の「桜」である。
手が届きそうで、手が届かない、持てそうで持てない…この「姿」。幼い折に、夜空の星を捕まえて欲しいと言った「息子」の小さい頃を思い出す。
自分とてもそうであったと思い出す。
この桜の姿、今の世であれば、なんでもつかめると思ってきた「自分の姿」に似てないか。いやいや、今の社会状況の「姿に似てないか」…「なかなか、うまくつかめない自分の姿」に似てないか。
はたまた、こうした記事を掲載している「自分」も、ブログでは「虚像」の存在には過ぎないのか。一枚の写真でも、思うことは、「さまざま」である。
東近江市・永源寺地区の桜(開花まで、もうしばらく、おまちください。)
600×600の圧縮比率は、どうやら、縦の縮尺で精一杯のところのようです。昨年、5月の13日に掲載した地点の「桜」の状況をお知らせします。
ここ2日ほど前に、東近江地域の永源寺地区に出向く機会があり、ダム湖の周囲を周遊しました。この写真は、4月5日時点の撮影の写真です。場所は、政所(まんどころ)地先の手前です。
国道421号線・九居瀬(くいぜ)地先から、対岸の萱尾(かやお)地先をめがけて撮った1枚です。越渓橋(えっけいばし)地先といえばいいでしょうか。
2年ほど前から、この地先に通い詰めているでしょうか。東近江市永源寺支所で
、橋の名前と、地先名を教えてもらいました。
桜の種類は、おそらく山桜かソメイヨシノのいずれかと思います。詳しい事は、わかりませんが。どなたか、ご存じでしたらコメントをいただけるとありがたいのですが。
川の水面に、つかりながらも、凜と咲く桜…力強い生命力をこの桜には感じています。おそらく、この桜の木の根元は、年がら年中つかり放しの状態なのだと思います。川面をよく見れば、流木などが「浮遊」して「生息環境」も大変だと思います。冬場の雪も、この桜にとっては、つらいものではないでしょうか。
雪で枝は折れるし、姿を保つには、なかなか、いたたまれないものも感じます。それ故に、満開時の桜は、余計にきれいなのかもしれませんが。
今日は、家でのんびり過ごしました。ブログも他ブログもあわせ、2投稿できました。こんな日も珍しいものです。大阪城公園では、環状線越しにきれいな桜も城の景色にマッチしてきれいでした。
やはり、桜の咲く「4月」…近畿とて、満開の時節は、緯度、地形、桜の種類によって、様々。それぞれに、人の心を和ませてくれるのが、それぞれの「桜」です。
家でぼんやり考えながら、今日はこの一枚を掲載してみました。さて、この「萱尾」(かやお)地先の桜、満開の時節に鵜各巡りあえるか。仕事の都合もあるが、出かけるのが難しくなるか。〜だから、写真撮影、余計に待ち遠しくなるのかも。今年も、満開の時期に巡りあえるのを楽しみにしながら、今日ところは、これでおしまい。
この地先の開花状況、提供いただける方は、このブログにコメントいただければ、ありがたく存じます。(よろしく、お願いいたします。)
開花適期は、4月20日位でしょうか?…私の勝手な予測ですが。…もう少し、後かもしれませんよ。迷うところですね。撮影に行けない状態でしたら、お蔵入りのデータの公開も考えています。4月は投稿回数が増えそうで?(さあ、どうでしょうね?)
※ブログ御覧の方へ
あるブログとどう連動してしまったのでしょうか。三重県の宇賀渓谷の写真を掲載した記事の写真が、消されてしまっていたため、記事を勝手ながら削除をせざるを得ない「状態」になったため、このブログも大変なダメージを受けました。人のブログの中身まで、ほっといてくれと言いたいところです。
同時掲載したデータは、いくつかはあったと思いますが、人のブログの写真まで、他者に介在されてしまったようです。極力、他ブログと重ならないよう、記事の掲載内容は考えていますが、写真のデータを消されてしまったことは、怒り心頭としか言いようが無いようです。
風景写真は、人によっては、他者と同じアングルでシャッターを切ってしまうと、同一写真のデータ・作品ができあがってしまうことが、多々あるのです。今後、勝手な「ブログデータ」侵入は堅くお断りしたいところです。いやになります。
また、他のブログに掲載している文章にしたって「似たような文面」になることも、「ある」のです。批評家の「論評」が、「A新聞」そして「B新聞」に掲載される場合、同一人が書けば、「大意」は変わらぬも、表現方法が違いこそすれ、「中身の文章」が重複してくることだって、あるのです。
「ブログの中身」まで、介入されるのは、全く「いやな」ものです。だから、ブログは、やめられないのかもしれませんが。まあ、同調していただける「人」が少ないことは予想されますが。(だらだら話はこれでおしまいとします。)
昨年の写真・能登川地区ライティングベルから
さてさて、今日は3月の終わりということになる。長年、つとめた「公務員生活」も、4月1日の声を聞くとともに終わる。もう、そろそろ名前を名乗ってもいいのか、なのらぬまま続けていいのかも迷うところである。
公務員という職種のもつ特性であろうか、やはり、「守秘義務」、住民さんと接していても、やはり、知り得た情報は明かせない。なにか、特別なことを知っているのかっていわれそうだが、そうではない。住民さんと、どのような会話にしろ、「公務員時代の情報」の「守秘義務」の一つなのである。何気ない会話も、やはり、話のソースにはなれない。私のブログが、主観を述べるのにとどまるのは、そうした部類の世界にいたからだろうと思う。
役所の肩書きを書いた「名札」をつけ、住民さんと応対していた「私の名札」を見て、「私の名前」を覚えている人もいるだろう。また、うらみ・つらみの方もいらっしゃるだろう。職務上、「法令に則」り、仕事をすることは、個人の感情を押し殺し、私的な感覚で、「言葉」を発することは、厳禁の世界のなのいだから、やはり、公務員は「堅苦しい」立場の仕事といえる。まあ、逆に対応の仕方で喜ばれることもあっただろうとも考えることもあるが。大半は、会社勤めの人同様、仕事上の知恵をしぼり抜きながら、頭を低くし、我慢に我慢を重ね、もっぱら、人と人の調和を考えながら、「和」の精神を唱え、堪忍、堪忍袋を肩に追いねての36年間の公務員生活であったと思う。だから、疲れも、今となって、どっと出てくるだろう。寝られない日々が何日あっただろう…おそらく、数え切れまい。
一番、耐え難い言葉であったのは、「税金泥棒」「職員のくせに、でかい口をたたくな」などと罵声を浴びせられたときだろう。未だに、耳に残っていて、どうしても忘れることはできない。(この箇所は、初稿投稿後に書き加えた箇所ですが、あまりにも表現方法が過激であると判断し、削除した部分があります。)
それでも、やはり「地域づくり」は、行政の使命と思ってやってきた。名前を明かせば、「なんということばをということになるだろう。」…だから、名前はやはり、明かさない方が「賢明」なのかもしれない。また、、退職後は、地域貢献が、自分の「課題」なのだから、心境は複雑なものだ。
結論は、名乗らないことが、やはり、ベストなのではないか。そういうことになるのではないか。あまりにも、寂しい思いがあるが致し方ないことなのだろう。これが、公務員であった私の「現在時点での公務員生活」の感想である。今日は、いささか、話が堅くなってしまったようであるが、これもいうならば、致し方の無いことなのか?
さて、4月からは、20歳代の若者同様、頭の切り替えの季節でもある。桜の咲く、桜のぱっと散る「春」は、やはり、「今までのすべてをリセット」して、新しい生活に入りたいものと考える。このブログの更新も、回数を増やしていきたいものと思う。撮影も、今まで以上に行っていい写真を撮影してみたいものとも思う。大学院に再入学になるわけだが、今まで以上に知識の吸収に努めていきたいものとも考える。
新しい季節の到来に向けて、今日は思うさまを、思うままに綴ってみた。1稿前の原稿だが、東京方面の方に、ブログの「いい批評」をいただいた。うれしいものである。原稿を書いた当人が忘れてしまっていた「ブログの原稿」を「1稿目」から「最近の原稿」まで、お読みをいただいたとのこと。おまけに、「おほめ」の言葉まであった。
物書きにはとうていなれぬ「平凡」な「頭脳」しか無いが、だらだら原稿でも、何かを感じてもらえるなら、それはそれ、また、「やはり」が出てくるが、やはり続けて行くのが私の使命では無かろうか。
これからは、一市民としての「生活」になるが、原稿を依頼されれば、「それなりには、答えていきたいとも思う。はたまた、人の心境とは「複雑」なものだ。やはり、「やはり」の連続が人生でもあるあるようだ。
今日は、イルミネーションの写真を「掲載」してみた。堅いことを言っては見たが、所詮、「人」は「人」、明かりを求めて生きねばならない。「明かり」に、「ぬくもり」を求め、「希望」を求め、「ほのぼのした情けのあるもの」を求める「存在」なのかと思う。
やはり、やはりの「世界」なのである。そんじゃ、今日はこれで原稿はストップするか。「やはり?」…「いえいえ、最後は、やっぱり終わりますと言うところか。」
やはり、やっぱり…どちらが、わたしにゃにあうのか。「やはり」、「やっぱり」…両方のようである。「やっぱり?」
できれば今後、行政改革や公務員の倫理などについても、論じる「機会」があれば、掲載を考えていきます。ただし、公務員攻撃や、人の心を操る先導型の記事の掲載はしたくありません。(念のため申し添えます。)
タイトルのごとく、ブログの愛読者のみなさんには、おまたせいたしました。2ヶ月振りというのが、本当の所でしょうね。「ほんまに今まで何をしとったんじゃい。」と、会社勤めなら怒られてしまいそうな「ところ」でしょうね。
何せ、現在、左足はねんざ状態、左手は腱鞘炎というです。3月の初旬に、恥ずかしながら、プロの「僧侶」ながら、「ある寺の法要」でこけてしまい、湿布をはる毎日、どうにか、足も手も「腫れ」が引いた状態になってきました。
60歳になる体ですので、やはり快復力が、遅くなってきているのを、我ながら、つぶさに感じております。こんな「体じゃ」無かったのに。
老いていくと言うことを、しみじみ実感したところです。まあ、骨折でなかって、まだ傷が浅い方で喜ばねばならないのかもしれませんが。
法事の時は、他のごえんさん(僧侶のこと)も経典の読経が終わると、姿勢をただしを退出ということになりますが、足がしびれてしまっていること忘れ、内陣を早く退出をせねばと、焦ってしまったんでしょうな。他の人においては笑い話となるところですが、当の本人にとっては、それどころではありません。
多くの人を前にすると、緊張をしてしまうものなのですよ。こんな経験は、だれにでもあると思いますが。…これからは、気をつけるといたしましょう。
しばらくは、正座は無理でしょうが。修行も、やり直しと言うことなんでしょうなぁ。まあ、佛さんが、しっかりせよと、信号を送ってくれているんでしょうなあ。本堂へ参る気持ちの「厳しさ」をしっかりせよと、おこっていただいたんだなあ思い、また、修行に励むといたします。
前置きが長くなってしまいました。今日の一枚は、奥千本・西行庵の「紅葉」です。桜がもう少しで咲こうという時期に、なんじゃいと、お思いでしょうが、秋をつらつら思い返し、蔵出しをしてみました。3年ほど前に撮った写真でしょうか。
大阪から来られていたカメラマンの方と、奥千本・西行庵の休憩所のあたりで、雨宿りをしながら、霧が出るのを待っていたのですが、その日はあいにく出会えない状態でした。先週は、明日香村で「棚田の風景」を撮影に行ったときは、運良く「霧」のロケーションに恵まれたのですがね。
待ってもだめなときは、やはり、だめなのです。こればかりは、そのときの「天候」の状態任せです。出会いたくないときに、いい景色の状態出会うときもあれば、用意周到に準備をしていっても、「撮りたい景色の状態」になってくれないものなのですね。
風景写真の「難しさ」は、そういう「もの」と覚悟しておくことも必要です。
でも、「春」に撮影場所に行っても、「秋」にくるときの「情景」を思い浮かばせ、「次の時のシャッターチャンス」を考えて、撮影場所を去るのも「写真撮影の極意」でしょう。転んでも、ただで起きちゃぁだめですよ。次の宿題をちゃんと考えて、そのときは撮影がうまくいかなくても、頭を巡らせ、次の課題の時はうまくいくと信じて、その場所を感謝の気持ちで去ることです。撮影に歩けると言うことは、ある意味では、幸せなことなのです。
ということで、私も「次」は「寺の本堂で転ばないよう」にいたします。だったら、次の課題は何でしょう。…決まってます。「こけないように、うまくたつこと、あるくこと。」…誰にでも、当たり前のようにできるようで、「これが、また、難しい。」
人生歩くことは難しい。でも、こけることも「逆に難しい」ことなのかも。
(今日はこれにておそまつ。)
また、ご要望があれば、投稿回数も増やしますよ。…そんな意見、コメントなんてあり得ないでしょうねぇ。あまいあまい…・まだまだ、人生の厳しさわかっていないようで?
しばらくは、こけないように、こけないように。(次回を、ご期待あれ。)
写真の出が悪いようなので、再度、アップしてみました。
季節外れですいません。〜まあ、それもよしとしてください。
再度、修正ばかりですいませんでした。そして、今日、3月21日は私の誕生日でありました。誕生日ブロガーの紹介〜京都エリアブログのスタッフ皆さま、掲載をしていただきありがとうございました。でも、うれしいやら、かなしいやら複雑な心境ですね。老いは、だれにでも、訪れる現象なのですが、じわり、じわりやってきて、いつの間にやらという感じです。うまく言い表せませんが。
東近江市栗見出在家町の浜辺から比良山系を望む
今が、一番寒い時期になるでしょうか。家にいるにしろ、職場にいるにしろ、自然の寒さが足下から冷たくなり、思わず「さぶい」(寒さのこと・・・滋賀の東近江の一帯ではそんな言葉をよく使います。)「さぶい」と言う言葉が出てきます。「さむうなりましたなあ」「さぶう、おまんなあ」・・・この頃は、そんな言葉が、挨拶代わりに飛び交います。
2日ほど前に、ふと買い物に行った帰り、久しぶりに「琵琶湖」が見たくなり、車を何気なく走らせてみました。今年は、おそらくこの写真が、「初撮り」でしょう。シャッターチャンスも何も気にせず、「無心」で撮っていましたね。
カメラバックの重いやつをひっさげて、三脚持って行くときとは違い、コンパクトな「デジカメ」で撮って見ました。今の時代、カメラをやっていると言えば、ややもすれば「色眼鏡」で見られ、暇人(ひまじん)、金喰い虫(かねくいむし)、贅沢なヤツと言われ、まじめに反撃すれば、そんなことは「冗談」(じょうだん)と茶化され、言葉を返される。変な、日本になりました。
冗談半分にしろ、そんなことしか述べられない、言えない「日本」人がなんと多くなったことか。寂しいが、日本のこころが廃(すた)れていくことさえ感じられます。
まあ、そんな人間は、一部の人でしょうが。反面教師という言葉もありますが、やはり、そんなことには「耳」をかさず、自分で「いいと思う風景」は自分で、「コツコツ」撮って行くしか無いようです。
節分という「京都ブログ」の「コマネタ」アドバイスが、掲載されていましたっけ。節分に登場する「鬼」は、人の「ねたみ」「嫉妬」(しっと)するこころを外へはき出すものとこの頃は思うようになった。
そう思えば自分の一人の「鬼」なのかもしれない。他人が同じ風景でも、うまく写真を撮っていれば、「ああ、憎らしや!」と言う気にもある。自分より、写真の技術もうまけりゃ、「やれ、にくらしや!」と言う気にもなる。
「鬼は外」とはよく言ったものだ。やはり、写真を撮るときは、「無心」で清い心で、シャッターを押さねば、「だめなのだ。」
こころの「鬼は追い出さなければ、いい写真は、撮れないものと痛感する。」
でも、写真を撮ってる「自分のこころ」はどうだろう。・・・人から見れば、「やはり、こころを鬼にして写真を撮ってる自分が見えるのでは無いか。」
やはり、自分の「心の鬼」は、なかなか、出て行ってくれ無いようで!
短く終わるつもりが、やはり、書けば長くなる。どうも、ど〜もである。びわこごしに見る「比良山系の雪」景色・・・寒けれど、よくよく眺めりゃ、やっぱ「味」があるか。
ところで、比良山系には鬼の伝説はありましたっけ。そんなことより、みなさんの家には、鬼はいませんか。我が家には?・・・これ以上、しゃべると、奥さんに怒られそうで!・・・もう、これ以上は言いません。(わかるでしょう。今日はこれにておそまつ)
次回をご期待あれ。荒れじまいかなあ・・・今回は。
今年も、あとわずかとなりました。一年の短さを、歳を経るとともに感じる「歳」と我が身もなりにけりという「実感」を味わっています。思い返せば、やはり、12ヶ月はそれなりに長いのですが、あっというまであったのも事実です。
今日のところは、「ライティングベル・イン・能登川」の掲載もこれで最終?になりますか・・・いやいや、もう少し「掲載」してみては?
頭の中の「自分が様々」に声を出して、思考力を鈍らせます。それじゃぁ、
もう少し、頭を絞って「アルバム」の中のいいのを探してみますかねぇ。
てぇ〜な、ことを考えつつも、明日は寒そう。ピュウピュウ風が吹いてます。
どうれ、もうちっと「いい写真」掲載して、来る「歳」もいい「人の出会い・い年」であるように願って、アルバム眺め直しますか。
今日は、これにて、おそまつ。(おやすみやす)
「ライティングベルイン能登川」…今年は、2回何とか撮影させていただきました。昨年と同じ景色も、ありますが、やはり、写真は「撮りよう」次第。
同じアングルでも、温度、天気によって微妙の違いがあります。同じ毎年の「イベント」でも、「満足度合いは別にして、やはり、何度も通いコツ」をつかむことが写真の技術の向上につながります。
来年こそは、能登川にこの1枚…人をうならせるほどの、写真を撮りたいもんですなぁ。(おやすみやす)
点灯式にともされた「ライティングベル」
12月17日から12月24日まで、東近江市能登川地区の林中央公園で、「ライティングベルイン能登川」が開催されます。今年で、8回目と言うことで、この行事も、地域に根付いてきたと、ライティングベル実行委員会の四方秀亮実行委員長も、点灯式で言っておられました。
西澤東近江市長、宇賀県議会議員などの来賓祝辞のあと、カウントダウンで点灯がなされました。
いやぁ、ベルの中を今年は撮ってみましたが、なかなか、ええもんです。
林中央公園内の川や池に飾られた「あかり」
少し寒さが応えましたが、会場全体をまわると、景色もいろいろ変わります。冬の夜長のひととき、一度、このブログ御覧の皆様も是非、林中央公園へお越しください。
フクロウの親子でしょうか!…ほのぼのとしたものを感じます。
今日は、昨日の点灯式に、私も列席の後、会場をぐるっと2周〜3周して、写真を撮影してみました。早いうちに、2回目の原稿を「ライティングベル」関係で、もう、1回くらい、掲載できればと思っています。
来賓の方も申されておりましたが、今年は「絆」(きずな)が見直された「年
」でもありました。東北大震災にあわれた被災地の方々に、温かいメッセージを送る気持ちと、関西に、日本全体に、この「ライティングベル」灯火の心が伝わって欲しいものです。
来る年(歳)は辰年、明るい「歳」であるといいですね。辰年は何かが動き出す歳でもあると、あるお寺の「高僧」も言っておられました。
「景気回復」「雇用情勢好転」「未来エネルギーの新たな資源見つかる」「マンモス象の再生プロジェクトがうまく、始動仕掛ける」「たばこを吸っても癌(がん)にならない「たばこ」が新発明される」、…てぇな、都合のよいことも一つは起こればいいとして、やはり、「東北大震災の復興」が何よりも先でしょう。それから、やはり「景気回復など、など」でしょう。
庶民は庶民として、平凡に「日暮らしができる」ことに、「感謝を忘れず」に、そして、被災地に向かって、何か自分でできる「支援」を考えたいものです。平凡な庶民は、「来る歳」も、「ごく当たり前に日常生活ができる」中で、健康で安心して生きたいものです。それ以上の幸せは、ないのですから。
好きな「四文字熟語」と言えば、わたしゃ、「一期一会」という言葉になるでしょうか。最初この言葉に出会ったときは、さほど好きになる言葉とも思いませんでした。私の「属している某写真クラブ」が「一期一会」という名前ってことの影響もあるんでしょうか。言葉が体に染みつくと言うことは、こういうことでしょうか。いやそうでもないと思っても見たり、まあ後ろ向きの意見は控えるとして、分析に入っていきましょうか。
「一期一会」という言葉は、「この時、この機会」が「常に二度とないもの」だから大切にしなければならないと言う意味だととらえています。カメラを持つようになってから、ソニーのα350の望遠レンズにも「一期一会」のステッカーを貼ってます。今は休刊してしまいましたが、月刊誌「旅写真」の付録についてたステッカーですが
色もはげずに、常に「レンズの絞り」のあたりに鎮座ましまして、私を眺めてくれています。
カメラを握って10年あまり、このステッカーとのつきあいも永くなり、いつも「私」を「励ましtれいてくれる言葉になって」います。撮影地で出会う撮影仲間たち、無愛想な人もいりゃ、懇切ていねいに露出の仕方、レンズの構え方まで教えてくれる人・・・出会いは様々です。全国どこへ出かけてもカメラがありさせすりゃ、「カメラ談義」で、話の「花」が咲きます。
それにこの「一期一会」という言葉、昔、ある姉妹都市の交流で団長として「一期一会」という言葉を、英語で「紹介」し、通例の5分を超過して、英語で「約15分」くらい話してしまいましたが、そこの町の「町長」さんがえらく感激してくれたことを、この言葉を聞くたびに「思い」だします。英語しゃべれるのかって、全然しゃべれませんよ。前の晩に、パソコンソフトの「こりゃ英和」というソフトで、「文章を打って」・・・それに英訳してもらったのですよ。ぶっつけ本番、たどたとしい「関西なまりのこぶしの聞いた英語」が偉く受けたようで、「一期一会」・・・思い出の言葉となりました。
話がながくまたなってしまったようで、今年の10月の私の「一期一会」は、明日香村の「彼岸花の光景」でした。そんじゃ、今日は2枚とします。こりゃまた、「シャッターチャンス」も「一期一会」なのです。
珍しく、電柱の入った景色も、長年撮っていた「流れ」でしょうか。電柱も「風景の一つと思える」ようになり、どのような景色にも自然にとけ込むのが、「写真家」の悟りとでも言うんでしょうか。年期の重ねることの怖さ、惰性・・・どっち何でしょうね。
棚田の下は、すぐ「民家」という景色は、明日香村では当たり前なんでしょうが。滋賀県じゃ、なかなか探してもお目にかかれない「風景」です。その周辺の「稲」が刈り取られていましたが、来年は「もう少し早」く、家あり、彼岸花あり、稲ありの頃に、「撮っ」てみたいものです。平凡な用ですが、なぜか自分には「一期一会か」・・・満足感が出せた写真かなと思っています。「一期一会」・・・この言葉も「奥が深い」ようで。
今日は、これで「おしまい」としますか。次回をお楽しみに。


この原稿は、暇がなかなか無いため、ほかのブログに掲載している原稿を掲載しました。次回から、独自の原稿に戻ります。ご了承を。
どうもご無沙汰いたしました。8月初旬から、東北大震災被災地のボランティア活動、滋賀ブログ仲間との風景写真展の開催と、結構忙しい日々を送っておりました。しばらく投稿を休ませてもらっておりましたが、ようよう投稿できる「タイミング」がつかめるようになりました。これからは、もう少し、こまめに投稿をしていきたいと思いますので、皆様のアクセス方、どうぞ、よろしくお願いいたします。
さてさて、久方ぶりのトラックバックですが、はじめるといたしますか。このごろは、カラオケはトンとご無沙汰をしてますが、昔話から申し上げると、4月は職場の人事異動に伴う歓送迎会、8月の暑気払い、組合の親睦旅行、そして正月前の忘年会、そういった行事をはさんでの「職場の友」との「懇親会」・・・どこの場面を振り返ると必ず2次会では、「カラオケ」は付き物であったと思います。
さて、本論に入ります。そのカラオケで一番に歌いだすのが、問題です。職場で行こうもんなら、まず幹事が、わざと「下手に歌」い、笑いをとって、2次会中盤くらいで、「課長」それにつぐ「ポストの人」につなぎ、「課長、うまいですね。さすが?」と美辞麗句を並び立て、上司に「ゴマをすり」「成績」をあげ、上から下まで、歌がうまかろうが下手だろうが、手拍子をたたいておりました。それで、職場の「和」が保たれておりました。
今の会社では、こんな「雰囲気」のところ、あるでしょうかねぇ。今は、職場の管理で、どこもギスギスシタ会社社会になってしまったんではないでしょうか。わたしゃ、細川たかしの歌が好きで、「北緯五十度」「望郷ジョンガラ」「北の5番町」・・・なんぞ、課長の歌う中盤モードの「前」に、マイクを握り締め、数曲、「絶叫」しておりました。そして、いつも数曲、並びたてて歌って、こってり勝手に「ストレス」解消をいたしておりました。
私の場合、音程をはずすのが、下手なため(自己満足ですが、わたしゃ、歌がうまいほうなんです。)後で歌う「管理職」が、そんなに「◎◎君、うまく歌っておいて、僕に恥をかかせるのかね。」と、いわれたこともあります。そんなときは、上加減に仕上がっている「その場の雰囲気」は、「一瞬、シラケ鳥」が飛んで、どうしようかなあと思ったときもありましたねぇ。
でも仲間それぞれに、カラオケ曲の「おはこ」を持っていて、しらけると、先輩諸氏が「しょうもないこといってんと、次は、伍大夏子の◎◎を入れろ、はよせんかい。」と言ってくれ、不思議といいモードで、カラオケは終わって家路についていましたね。カラオケひとつでも、上司に、先輩諸氏の言葉の間合い・上司との付き合いの仕方、いろんなこと、人生を教えられたこともしばしばです。思えば、カラオケ道場は、人生道場でもあったようです。仲間内と飲むときも、いい人生勉強であったと思います。
上司が歌い終わったあとも、わたしゃ、こっそり歌うより、「こってり、しつこく、こてこて」に、歌いたくっていましたねぇ。というところで、トラックバックといたしますか。
写真ですが、まったく関係ないんですが、夏の「涼」景色最後になりますかね。三重県宇賀渓谷の写真を掲載してみました。ちいさな滝の水したたる部分を拡大してみました。

夏を切り取る「涼」の一枚とでもしておきましょうか。
この原稿は、他のブログにても掲載をしている原稿です。しばらくしたら、一ブログ、独自の原稿にしていく予定です。ご容赦を。
公式の場で誰しもが発する「一言」(ひとこと・いちごん)の重みは、価値のあるものであり、その人の値打ちをより押し上げるものと考えるのが、世間の妥当なところ言っていいだろう。だから、政治家は潔癖さを求められるのであり、庶民は「一票」を投じる価値を選挙に求めるのかも知れない。
こうした中で政治家は、余計なことは言わぬが良い。そういうことになるのかもしれない。それは庶民とて同じことと思うが。官公庁、会社など、いずれも同じであろう。
現代と言う時代、平易でわかりやすく、衣を着せない「形」の離し方が求められる。
理想はそうだが、現実になって見るとどうだろう。熟慮する時間がなくなり、その場しのぎでつい言ってしまうと、思いつきとたたかれるし、今流では「パフォーマンス」といわれる。そして、指導的立場の力量を、しつこく問われる。…そして、末路は?見えてくる。これが世間様の「実情」であり、厳しいものである。今はおおっぴらにものが言え、発言も自由の時代である。
…言葉の重みがなくなった。言葉の値打ちさえも、なくなりつつある。悲しいことではあるが。庶民は、こう考えると、しゃべる言葉もなくなってしまうか。
でも、近所の付き合い、家族の団欒、何気ないことでも話し合わないと「食」も「事」も進まない。言葉も、使われようで、値打ちは違うようだ。庶民様は、何気ない会話こそが、値打ちが「宝に勝る宝」である。「言葉」がなくては、笑顔も出ない。
言葉は、使われよう次第で、「値打ち」も出れば、人を励ます「武器」ともなれば、人を
滅ぼす「武器」ともなる。考えてみれば、何気ない言葉を使っている庶民こそ、かえって、その怖さを知っているというべきか。
だから、結論何なんだ?…気も重い? 言葉も重い? 尻も重い?
いや、眠たい「想い」?
2011東近江市の田の夕景(日没前・福堂町地先)
どうも、文章が長くなりました。久しぶりに、長い文章掲載してみました。オリジナル性を考えると、文章はやはり、このブログならこのブログの掲載にしておくべくでしょうね。ブログを多く運営していると、どれが主だかわからなくなってしまう「今日この頃」です。まあ、何とか「好きなとき」だけ、気の向いたブログに「掲載していく」方向でこのブログも続けますか。仕事の帰り道、久々にあれこれ、世相を考えつつ、撮影してみました。…夕日を撮りつつ、日常のわずらわしい世界から逃れようとしても逃れられない、私です。でも、それが一般庶民の姿なのです。
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